妖怪

学生たちこんなことしてます! 2013/04/06

WEB上で見やすいように教員のコメントを赤字、引用文を青字にしています。

小松和彦『妖怪文化入門』角川ソフィア文庫、読後レポート
 A.K

1.はじめに
 私は妖怪の専門的図書を初めてよんだ。
 現代では水木しげるのゲゲゲの鬼太郎をはじめ、さまざまな妖怪がキャラクターとして世界に広まっている。その背景には長い年月をかけ伝わってきた妖怪文化があることがわかった。

2.妖怪・出来事としての妖怪
 本書では妖怪という言葉を「文字通りに理解すれば、神秘的な、奇妙な、不思議な、薄気味悪い、といった形容詞がつくような現象や存在、生き物を意味している。」(P7)と表現している。昔の人々は説明のつかない怪異現象に名前をつけることによって、それを理にかなった説明にしようとしたのではないかと思われる。
 著者である小松和彦は妖怪を次の3つに分けている。
1.出来事としての妖怪、2.超自然的存在としての妖怪、3.造形化された妖怪」(P7)である。
 「1.出来事としての妖怪」というのは「信仰的知識」(P36)の上で存在している。
 例えば、「山奥からコーンコーンと木を伐っているような音がしたあとに木が倒れるような音が聞こえる。翌日、音が聞こえたあたりを調べてみても、木が伐られた様子がまったく見られない。」(P8)
 この怪異現象を体験した人は自分の持ち合わせている知識で説明できないため、初めに書いたように最も理にかなった説明にしようと、これは妖怪の仕業だとしたのである。実際にこの現象は妖怪がもたらしたわけではなく/、\単にその人の聞き間違いだったかもしれないし、その時とても静かであったために/、\隣の山から聞こえてきた音だったかもしれない。しかしその人は/、\そうした理にかなった説明がその時は必要なかったのである。こうした、妖怪を「信仰」する「知識」によって/、\出来事としての妖怪は誕生したのである。
 私たちは発展した科学技術、合理主義の中で生まれてきた。そのことは日常生活に大いなる貢献となるが、引き換えに信仰的知識の上で成り立つ/、\ユーモラスな想像力を失ったように感じる。

3.妖怪・超自然的存在としての妖怪
 これは先に書いた例と似たようなものである。怪異現象だけでなく、人間が制御できない自然現象を引き起こした神秘的存在も/、\妖怪を意味しているのである。それらは自然界のあらゆる物事には霊魂が宿っているというアミニズムの考えが重要になってくる。本書で「この霊魂は人格化されているので、喜怒哀楽の感情を伴っている」(P10)とある。
 例えばある冬の寒い時期に、昼間なのだが雲がどんよりと空を覆いさらに雷が鳴り始めた。人々はこの現象を鬼が怒っているからだと解釈し、祭祀をとり行い鬼の怒りを鎮めようとした。
 ここで登場した鬼は/、\後で述べるのだが反人間的存在である。天狗や狐、蛇などのこうした妖怪は現代では説明のつく、古代では怪異とみなされた自然現象の仕業とされていたのである。私は昔、雷が鳴っている日におへそをだしていると/、\おへそを取られるという言葉を聞いたことがある。今思い返してみると、要はかぜをひかないように/、\ちゃんと服を着ていなさいということなのだが/、\率直にそのことを言うのとでは/、\小さい子供の感じ方は違うだろう。

4.妖怪・造形化された妖怪
 続いては絵巻に書かれ人々に広まっていった妖怪だ。本書では付喪神が紹介されているが、これは今までとは違い/、\昔の人たちが実際に使っていた道具が妖怪化したものである。私はこの造形化された妖怪というのは/、\現代の擬人化につながっていると思われる。
 そもそも擬人化とは/、\人間でないものを人間にみたてることである。道具もそうであるし、洋服や車、木や食べ物も擬人化の対象である。擬人化すればどんなものも/、\人間と同じような感情をもつ。以前、新幹線が擬人化したまんがマンガが流行りになったが/、\まさしく古代と同じである。付喪神の場合、古くなって捨てられた道具たちが/、\人間に復讐を誓い/、\夜の街を歩くというものである。これを先頭に妖怪の幅は格段に広がった。感情をもつことが可能になり/、\それぞれの個性ができ、それは徐々にキャラクター化していったのである。そのことは/、\妖怪という存在が昔より身近ではない現代にも残っているとおもわれる。

5.妖怪・鬼
 鬼と聞いて誰もが想像する姿は、赤や青などの肌にいかつい顔、頭に角があり筋肉がたくましい大柄な体格の男だろう。そして人間を取って食べたり財宝を奪うといった、あまりよいイメージを持たないだろう。それは、大抵の人の場合、鬼を初めて知ったのが桃太郎の話の中であり/、\そのような存在として登場するからだと思われる。なので、その先入観から人間に対して悪事をはたらく鬼は/、\退治しなければならないという構想がうまれてくる。鬼は、かたちこそ人のようでありながらも/、\まったく違うその外見や先に述べたような行動から、反人間な存在とされている。
 その意味を含め、現代では比喩的表現として/、\鬼という言葉が用いられることがある。例えば鬼教師や殺人鬼といった言葉である。鬼教師は「「無慈悲」とか「醜悪な容貌」「残酷」といった鬼の属性に着目した特定の人物の性格の比ゆ的表現である」(P136)し、殺人鬼は「犯罪の内容が人間(道徳的人間)にあるまじきことと判断され」「厳しい批判の意味を込め」(P136)た呼び名である。
 このように鬼という単語のラベルを貼ることで/、\その言葉の意味は格段にマイナスなものとしてとらえられる。鬼が最もメジャーな妖怪である理由は、絵本や昔話だけでなく言語によっても伝えられるからだと思われる。

6.最後に
 私は本書を読み終えて妖怪がどのように誕生したか、またさまざまな妖怪について詳しく知ることができた。しかしやはり妖怪という存在を人に説明するならば、こういった存在であると明確な答えを返すことはできない。はじめに、妖怪という言葉を「文字通りに理解すれば、神秘的な、奇妙な、不思議な、薄気味悪い、といった形容詞がつくような現象や存在、生き物を意味している。」(P7)と書いたがまさしくそう答えるだろう。だが妖怪とは単にそのようなものではなく、知れば知るほど徐々におもしろさに変わっていくと感じる。
 私は妖怪とは、その存在を信じて疑わなかった純粋無垢な心から生れたものだと考える。逆に言えば純粋無垢な心から妖怪は生れたのだ。それは子供の頃、サンタクロースの存在を信じて心待ちにしていたときと同じようなものである。
 最後の結論は、途中に示している妖怪についての理解からすれば単純すぎる。もっと様々な歴史的経過等で妖怪が登場していることが書かれていたのだから。その理解はすぐれていたのだから、それを結論にも生かすことが大切。
 また、文章の句点が少なすぎる。ちゃんとした文章作法が身についていないのは、どうも皆に共通しているようだ。形式の勉強もこれから必要だろう。



 
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妖怪の特性

学生たちこんなことしてます! 2013/04/04

入学前レポートの優れたものを収録する。WEB上で見やすくする為に字の色を変えている。赤字は教員のコメント・訂正、青字は引用である。

妖怪の特性
 H.K  全体的に句点が足りない。//のところは句点を打つ。煩瑣なので略すが以後の文も同じ。
 私は三つの課題図書の中から小松和彦著作の『妖怪文化入門』を選び、これを読了した。私はこれまでに//妖怪に関した本をあまり読んだことが無かったので//興味深いことや面白いことがいろいろあった。が、それでも私は今まで知らなかったことに触れることが何よりも楽しいと感じた。例えば私は「憑きもの」というものは多少知っていても//「憑きもの筋」というものは知らなかったし、「妖怪の定義」なんて考えたことも無かった。「河童」や「鬼」については多少は知っていても//「異人」や「境界」についてなどは聞いたことが少しはあるといった程度で全く知らなかったと言ってもいい。無論、それらの研究の過程などは全く知らなかった。そして、私はその今まで知らなかったことについて考えを巡らせることがとても楽しかったのだ。そうして私が考えたのは、知られている妖怪と知られていない妖怪の違いは何だろうということだった。この問題意識がよい。今回は私が無知だっただけだと自分で思うが、それでも今なお多くの人に知られている妖怪と今ではあまり知られていない妖怪がいるのは確かである。私はこの違いは何なのかと考え、いくつか候補を思いつき、その中で最も興味深かった候補でより深く考えを巡らせてみることにした。その候補とは「妖怪が持っている特性が現代において通用するかどうかの違いではないか」というものである。
 まずは「妖怪」そのもので例えてみよう。妖怪を一言で表すと「妖怪を定義することはむずかしい。しかし、あれこれ考えるよりも、ここはまず文字通りに理解して、『あやしいもの』や『あやしいこと』、つまり『怪異』というふうに理解しておくのが無難である」(p87)という文から「怪しいもの」だと思う。なお、一言で表すということはそのことを最も簡単に説明することだと思うのでそれを特性として考えても問題ないと私は考える。なので「妖怪」の特性を「怪しいもの」として、その特性が現代で通用するかを次に考える。現代で「怪しいもの」は都市伝説などを調べてみると分かるようにとても多くある。つまり妖怪の特性である「怪しいもの」は現代でもは通用しているのだ。なので「妖怪」は現代でも廃れずに生き続けていると考えられる。という以上の考え方を使って有名な妖怪の例として河童と鬼を用い、そしてあまり有名ではない妖怪の例として件を用いてその妖怪の特性が現代で通用しているかどうかとその理由を考えていこうと思う。
 まずは最初に河童から、河童は「したがって、もしこうした特長を有する『怪しい生き物』に水辺で出会ったら、昔の人の多くはそれを『河童』と語るはずである。」(p108)という文から私は一言で表すと「水辺の怪しい生き物」だろうと思う。そしてこの「水辺の怪しい生き物」は現代で通用していると私は考える。なぜなら二十世紀にはネス湖のネッシーが流行ったし、海の奥深くの深海はまだまだ未知で溢れている。二つとも現代の「水辺の怪しい生き物」として考えられるだろう。そして特性である「水辺の怪しい生き物」が今なお通用しているために河童は現代でも生きていける妖怪だと私は考える。
 次に鬼を、鬼は「鬼は、一言で言えば『恐ろしい存在』であり、『怪異』の表象化したものであった。」(p154)という文から私は一言で表すと「恐ろしい存在」だろうと思う。そしてこの「恐ろしい存在」も私は現代で通用していると考える。なぜなら「恐ろしい」というのは人間が人間であるために必要な最も重要な感情の一つだからだ。人が人である限り「恐ろしい」という感情は消えないし、それに伴って「恐ろしい存在」というものも消えることは無いだろう。なので特性が「恐ろしい存在」である鬼は現代どころか未来でも生き続けていける妖怪だと私は思う。
 最後に件だが、件という妖怪がどんな妖怪かということをまず大まかに説明をしておこうと思う。件(くだん)とは牛の体でありながら人の顔をもっており、生まれて数日で死んでしまうが生きている間に近々必ず起きる予言を残すという妖怪だ。そんな件を一言で表すと「予言を残す」だと私は思う。なので件の特性は「予言を残す」なのだが、先に言ってしまうと私はこの特性は現代では通用しないと考えている。なぜなら昔に比べて現在では「予言」の重要性が下がっていると思うからだ。
 私が以上のように思うのは三つの理由がある。一つ目は脅威が減少したことによって日本人の危機感が低下したことだ。件という妖怪が資料としてではなく人々の間に噂として生きていた頃の日本では凶作や干ばつ、流行り病などの起これば多くの人が苦しみ、死んでしまうような事柄が多かったし、戦争だって多くあっただろう。だが今現在はそうではない。物が少なくなったのであれば国外から輸入するなどの様々な方法があるし、既存の病気の多くには対抗策や薬がある。そして少なくとも日本国内では半世紀以上も戦争をしていない。つまり現在では凶作も干ばつも流行り病もあるが昔ほど脅威ではないし、致命的でもないということである。それによって人々の危機感が低下し、共に脅威を予めに知らせてくれる「予言」の重要性も低下してしまったのではないかと私は思う。
 二つ目は予言の信用性の低下だ。予言の信用性が低下した理由の説明を人に聞けば多くの人は「科学という分野の成長によって幽霊や超能力、魔法などのものが科学で説明出来ないオカルトとして多くの人々からの信用を失った。予言もその一つである。」といったことが返ってくるのではないだろうか。しかし私は科学で説明出来ないから信用を失ったのではないと思う。なぜなら「今は証明出来ないことをこれから証明していく」のが科学なのだから「説明出来ないからありえない」と言い切ってしまうのは道理に合わないと思うのだ。なので私は予言が信用を失った最大の理由は怪しげな宗教や詐欺などに利用されてしまったことだと思う。つまり怪しい人に怪しく使われてしまったために「予言」という事柄に強く怪しいというマイナスイメージが付属してしまい。いつの間にか予言=怪しいものという共通認識が出来てしまったから信用が低下してしまったのではないかと思う。そうして信用が低下することと同じに重要性も低下したのではないだろうか。
 三つ目は予測が進歩したということだ。昔は予測するといっても天気が少し先までわかるといった程度だろう。だが現在では天気は晴れや曇りといったことだけでなく気温、湿度、気圧などが一週間先まで予測できるし、地震は断層や過去の歴史から「そろそろ来るかも」というレベルで予測が出来るようになった。なにより人工衛星があるおかげで台風がいつ頃どこに来るかはよく分かるようになりそのおかげで昔に比べ台風は事前に対処が出来る分脅威ではなくなった。その上それだけに留まらず予測はまだまだこれから進歩するであろうことがわかるのだ。それにくらべて予言はつねには頼りに出来ず、正確さも欠け、根拠も無いし、進歩することも無いだろう。つまり予測は予言と似ているが予言よりも優れているのだ。なので予言よりも優れたものが出来たために予言の重要性が低下してしまったのではないかと私は思う。
 以上の三つの理由で「予言」の重要性が下がりそれに伴って、件の「予言を残す」という特性も現代では通用しなくなってしまったと私は考えている。
 今でもなお多くの人々に知られている妖怪の河童や鬼の特性は現代でも十分に通用するもだった。が、今ではあまり知られていない件の特性は現代ではもうあまり通用するものではなかった。もちろんたったこれだけの考えで「これが現在、妖怪の明暗を分けている」などと言うつもりは無いが、現代で妖怪を明暗に分けている原因の一つ位にはなれるのではないかと私は思う。
以上の文で予言の重要性が下がっているとあるのに、以下ではまだ生き続けているというのは論旨に矛盾しているのではないか。
 なぜ毎年の年末年始やお盆には幽霊や予言といった「オカルト」の特番が組まれるのだろう。それはやはりある程度の視聴率が取れているからだと思う。なぜ科学が進歩してまず無いとされるものが視聴率を取れるのか。私はそれは多くの人がそういったものがあって欲しい、もしくはあってもおかしくないと心のどこかでは思っているからだと思う。そう考えると私は予言や幽霊、妖怪などの「オカルト」と呼ばれるものは一種の夢なのではないかと思う。いまだ見ぬ未知であるから可能性(夢)の塊だからこそ今なお人々の心に生き続けているのではないかと私は思う。

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地元のさまざまな伝承

学生たちこんなことしてます! 2013/03/10

WEB上で見やすいように教員のコメントを赤字、引用文を青字にしています。

フィールドワークレポート
地元のさまざまな伝承 レポートでは「地元」という言葉を使いません。客観性が大事なのでこの場合だったら「香川県三豊市財田町の伝承」でいいのです。

S.M

地元の説明 レポートではことさらに「私」を書く必要はありません。

 今回、話の舞台となる私が生まれ育った「香川県財田町財田上黒川」という地域には、さまざまな伝承が残されている。まずは、この地域について説明する。
宮崎1

 この地域「黒川」は「山分地区」(「山分地区」は「別所」「昼丹波」「野田原」「黒川」の四つに別れている)の中にあり、標高が高いため、冬には雪が薄く積もり、春は少し肌寒く、夏は少し涼しい、秋には台風が来ようがあまり被害は出ない、大きくはないがとても過ごしやすい地域だ。「黒川」は、「黒川」「小触」「横倉」「永倉」「信谷」の地区に分かれている。その中の一つに、「小触(コブレ)」という地区があるが、この地区はこの黒川では最も古い集落であり、弥生時代には、もう村があったといわれている。このブレというのも古代日本語=古代朝鮮語のプレ(集落)から来ているものであると考えられている。それだけ古くからあるため、伝承や、怪綺談などは数多く聞かされてきた。以降は、伝承について書いていく。

鯰塚
 黒川についての伝承ならこれを語らなければ始まらないだろう。

 昔、亀渕という沼に化け物が住んでいた。その化け物は隙を見て、村人や家畜を沼に引きずり込んで食べていたため、村人は大変恐れていた。したがって、日が傾きだすと付近の人々は雨戸を固く締めて、外出するものはほとんどいなかった。ところが、この亀渕は阿 波・琴平間の街道筋にあたっているため、旅人の中に思いがけない被害をこうむるものがたびたびあらわれた。あるとき一人の旅人がこの化け物に襲われた。村の若者が恐る恐る近づいてみると、旅人は全身傷だらけで、喉頸が食い破られて息絶えていた。懐に路銀と旅手形があったためその旅人が阿波の人であることがわかった。飛脚が直ちに阿波に走ったが、郷里では妻子が金毘羅様にお祈りをして、無事の帰りを待ちわびているところで、その悲報に驚き声も出なかった。その話を聞いた里のものは、酷く怒り仇討をすることになった。阿波から亀渕まではかなり遠く、めいめいに二日分の弁当を腰につけて、かま、竹槍、農具、棒を持って阿波を後にした。阿讃山脈の頂上で腹ごしらえを済ませ、荒戸(財田の地域の一つ)の峯にかかったのは日暮れであった。そこへ一人の旅僧が、疲れた様子で山を登ってくるのに出会った。僧は腹が減ったので、弁当を分けてくれといった。阿波の衆の気の利いた者がすぐに粟飯のむすびを差し出した。僧は、二つほどむすびを食べると、どこに行くのかと尋ねてきた。阿波の衆は、仇討の話を事の起こりからすべて話した。すると、僧はそんなことはやめろ、殺生は良くないと皆に言い残して去って行った。しかし、阿波の衆を止めることはできませんでした。 他はすべて「だ、である」なのにここだけ「です、ます」調はおかしい。
 阿波の衆が黒川についたとき、日は傾き始めた夕飯時だった。阿波の衆は、ひとまず休み、夜を待つことにした。夜が更け、木々が眠りについたころ、阿波の衆は亀渕についた。そして思い思いに、化け物をおびき寄せようとしていると、化け物は忽然と現れ、若者の足にかみつき、沼に引きずり込もうとし始めた。一同はこれに飛び掛かり、手に手に固く握りしめられた道具で叩きのめすと、化け物はのたうちまわり、腹を返して息絶えた。
 よく見ると、それは大人くらいのサイズの大鯰であった。また、大鯰の裂けた腹から粟飯が出ているのをみて、一同は、荒戸の峯であった僧は大鯰が化けていたものだと気づき、改めて背筋を寒くした。
その後大鯰はその場で灰にし、骨の一部を阿波に持ち帰り、残りは塚に埋めた。これが鯰塚であり、この時に大鯰が流した血によって、渕一面が黒く染まったので、この土地の地名は黒川になったとされている。[財田町誌]


 この話は、財田町民ならだれでも知っているような昔話で香川用水記念公園に行けば、紙芝居のようなものが見られる。しかし、黒川の住人でも実際に亀渕に行った事のある人は少ないらしく、その理由として、道が整備されていないことと、他人の畑を、横断することでしか安全な道がないことがあげられる。行ったことのあるものは、冒険好きな小学生やその付き添いがほとんどであり、大人はまず行こうとはしない。私は、後者であって、ローカル放送で一度だけこの話が取り上げられたことがあり、その撮影で地域の子ども会が同行したことにより、一度だけ亀渕に行ったことがあるが、特におかしなこともなく、ただの沼のようであった。古人によれば、具体的に誰なのか?データがあれば記すこと。例:(「財田町誌」P85)など。国道が整備されてからは、亀渕も行きやすくなったが、昔は木が鬱蒼と生い茂り、薄暗く、とても恐ろしかったそうだ。もしかしたら、この話は、よくある河童伝承をアレンジして、子供を渕へ近づけさせないようにするための話だったのかもしれない。しかし、鯰塚は実際にあるのだから、もしかしたら本当にいたのかもしれない。なお、釣り好きな知り合いによれば、現亀渕には、鯰はおろか、魚すらいないそうだ。また話の中で、黒川の名前の由来が出たが、これには諸説あり、川が蛇行し渕ができるような川筋を「曲川(クルカワ)」といい、これがなまったと考える説、荘園に対する国有地「公領(クラ)」から公領側であろうとする説など、どれも信評性が低い。よって、大鯰がいたという説も濃厚といえなくもない。あと、この話は、口伝であるため、いつごろの話なのかどの書物にも記されていない。どの書物にも記されていないとはいえ、「財田町誌」には掲載されているのだからこの書き方は不正確。上の諸説もどこに書かれていたか書いておく方がよい。        
*写真は鯰塚である。
宮崎2


八重の猫岩
 別所と梅之塔との境に八重山という山があり、そのなかに大きな岩がある。
 むかし、山の付近で吉兵衛さんが田んぼをしていると、子供が三、四人、山頂から真っ青な顔ではしって降りてきて、「おっさん、うちの良造に山猫がかみついた。」といって泣きじゃくった。吉兵衛さんはびっくりし、近所中を走り回ってこのことをふれた。村の人々が三三五五と馳せ集まって山狩りを始めた。笹の葉の上に血が凍りついているのを発見し、人々は血痕をたどって「良造、良造。」と叫びながら、探して歩いたが、山の奥でバラバラになった遺骨を発見して皆は失望した。そこで、この上は山猫を探し当て仇を討とうとしたが、その姿はどこにも見えなかった。血の味を知った山猫は、その晩も里へおりて来たらしかった。
 翌日の夕方、一人の武士が通りかかって、野田原で宿をとった。宿の亭主が昨日の大騒動の次第を話すと、武士は即座にその山猫を退治してやろうといい、次の日の朝、村の人々に案内してもらって八重山を登っていった。山奥に分け入って木陰で一同が息をころして身をひそめていると、岩の間から一匹の大猫が現れた。武士は鞘を払って大猫に切りかかった。猫は異様な声をあげて武士に飛び掛かったが、武士は体をかわし、けさがけ刀を振り下ろした。大猫はもんどりうってその場に倒れた。村の人々は歓声をあげ、五十両のきんすを武士への礼にした。猫が出て来た大岩には、件の武士の名が彫り付けてある。そして、大岩は猫岩と呼ばれるようになった。またこの猫岩から二間あまり離れた所に苔むす一基の墓があるが、それは、非業に倒れた良造の墓である。[財田町誌]


宮崎3

 この話は、あまり人に知られてはいないが、個人的に好きな話なので選んだ。レポートは客観性を重視するので、個人的にどうのという書き方はしない。この八重山は私の実家があるため、小さいころに聞かされたときは、猫を探しによく山を登ったものだ。この猫が出てきたとされる岩には、確かに隙間があり、猫が暮らしていたと考えられる。さらに、お墓も今も静かにたっている。この話も口伝であるため文献などはないが、被害者の墓も残っているためか、どこか信じられる。伝説、昔話を扱う時、信じる信じないの問題ではない。あと、余談ではあるが、この山を一人で登ると、よくおかしなことが起こる。私が体験したことをあげるならば、誰もいないはずなのに鈴の音が聞こえてきたり、あるはずのない神社があったり、井戸があった場所に何もなくなっていたり、歌声が聞こえてきたりとなかなかスリルがある。余談というよりは、そのような怪異に近い緊張感をいまだに与えるからこそ、伝承が残るのだというように考えて書くこと。こういう山だからこそ、大山猫がいたとしてもなんら不思議ではない。*写真上:猫岩、下:墓である。
宮崎4


まとめ
 今回は、二つの話を取り上げたが、ほかにもまだまだ言い伝えが残されている。天狗が羽休めをする松の話や、武士の呪いの話、首のない馬の話や、袖を奪う怨霊の話など、とてもじゃないが調べきれない。また、土地のいわれや、神社の話など、書きたいことがたくさんあるが、またの機会に回すことにする。
 私はレポートの書き方にまったく自信がない。そのため、もっと書きたいことがあるのに、書くスペースがないなどというおかしなことが起こってしまう。それに、自分の書きたいこととは別のことを、無駄に書き入れたりしてしまって話がまとまらなかったり、論点がずれていたり、調べていても、違うことに興味が移り、無駄に時間がかかったりした。次に書くときはちゃんとしたものが書けるようにしたい。
 フィールドワークをしてみて、初めてのことで右の左もわからなかったが、やっているうちに、だんだんと慣れていくのを感じた。調べ物もしているうちにいろんな話に興味が出てきて、たのしかった。もっとたくさん調べる時間がほしいと思う。今回は、すべて自分で本を見て、地図を重ねてみたり、辞書を引いたりした。できれば、人に聞きたかったが、詳しい人を見つけることができず、妥協するしかなかった。次にするときは、ちゃんと話を聞けるようにしたいと思う。そう思うのも、今回一人で調べてみて、文献や文章を自分の先入観を捨てきれずに見てしまうことや、文献によっては、矛盾が生じていたからだ。それに、難しい単語が出てきても、調べられたらいいが、古い方言などは調べることができないものもあり、とても大変だった。このようなことが身を以て実感できたので、それだけでも収穫だといえる。
 素朴な反省だが率直でよろしい。まだ、伝説や伝承を読み解く方法をまったく知らないのだから、しかたがないのです。大学では、このような怪異伝承に向き合うやり方をしっかり学べるので、楽しみながら吸収してほしいものです。
 今回の反省を生かせられるように、今後レポートを書くとき、まず初めは書く題材を明確にして、紙の位置取りを考える。
 次に題材について、詳しい人に直接聞き、正確な文献を選んで情報を的確に手に入れる。人に聞くときは、あらかじめ質問内容を考えておくこと。電話で了承を得る際につないでもらえるように、相手の名前をきいておく。この情報収集になるべく時間をかけるようにする。メモだけでなく、たまに文章も書いておく。実物を写真に収めるとき、サイズがわかるものを一緒に写すことと、正確に測れるメジャーなども必要。
 最後に打ち込むときになるべく、完成形を意識するようにする。章をいくつ作るかを決めておく。また、章の割り当てを考えておく。完成したら読み返してみる。できれば、第三者に見てもらう。
 これらを守って次こそは、ちゃんとかけるようにしたい。

今回使った文献が「財田町誌」のみのようですが、最後に参考文献として「財田町誌」を記して於いて下さい。
例:参考文献 『財田町誌』財田町誌編纂委員会編、香川県三豊郡財田町、1972


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『異人論』読後レポート

学生たちこんなことしてます! 2012/08/16

ネット文書では見やすくするために、教員コメントは赤、引用は青字にしている。しかし、レポート等では、黒で印字し、引用は括弧でくくるか、2字下げるなどして地の文と区別できるようにすること。

M.I
(1)はじめに
 私は初めて民俗学の専門的な著書を読んだ。
 そこで感じたのは、「異人」とは様々な媒体や解釈によって成り立っており、単に一つのくくりにまとめられるものではないということである。伝説の裏に隠された異人殺しには人間の恐ろしい欲望が渦巻いていた。

(2)異人殺し
 本書には数多くの異人殺しの事例が掲載されているが、その事例のほとんどの背景が、自分たちの暮らしをよくするために異人の所持している金品目当てに行われている。欲望とは、今も昔も人間を簡単に変貌させてしまう恐ろしいものであると改めて感じた。
 確かに、不定期に定住民の社会を訪問する六部や座頭などを殺しても、咎めるものはそうはいないだろう。しかし、いかなる理由があったとしても、異人殺しが公然と語りうる
(得ない)事柄であることはいうまでもないことである。本書に、「このため民俗社会は『異人殺し』という“事実”を外部の者に隠蔽する努力を試みることになる」(P23.6)とあるように、村人は異人殺しがあったという事実を語ることをタブーとし、“事実”を変形させた外部向けの伝説を作りあげるに至ったのである。
それらの伝説は、いずれも異人側に非があったと述べており、殺人を正当化しようとしているものが多い。それについて著者は、「しかし、異人殺しののちに祟りがあったことや、殺されるときに呪いの言葉を吐いていること、『異人殺し』の伝説が外部の者に語られるとき、しばしば話の内容に変形が加えられること、殺された異人の怨霊を鎮めるために(つまり、神仏に祀り上げるために)塚が建てられたらしいことなどから推測すれば、これらの伝説の背後に罪のない異人に対する〈殺意〉が隠されているように私には思えてならないのだ」(P22.14)と述べており、村人たちの間で語られた伝説は、これとはもう少し違ったものであったのではないだろうかと考えられる。
 そしてそれらの事柄は、全国各地で代々語り継がれ、書物に記されたことなどによって、今でも多くの伝説がその土地に残り続けているのである。

(3)「異人」として語られる女性像
 本書にはミクロネシアのヤップ島の東北に位置する太平洋上に浮かぶウリシー環礁のモグモグ島において採集された昔話、「鉄の歯」をもつ妖怪「ンギ・パラン」が登場する。
 この昔話を文化的な観点から評価すると、「ヴァギナ・デンタータ」(歯の生えた膣)に分類される。これらのモティーフは、アジアやアメリカ大陸などで多くみられるが諸説あり、ウリシーで採集されたこの昔話は素朴に文化的考察を加えれば、この種の説話が豊富な台湾を中心とする東南アジアの海岸部から伝播したということになるのである。本書の中で金関丈夫の「ヴァギナ・デンタータ」の説話には抜歯の習慣が関係しているという仮説が紹介されている。確かにこの解釈は検討に値するものであるが、ウリシーに以前抜歯の習慣があったという事実が確認されていない点や、昔話の結末が大きく異なっている点で、小松氏はこの解釈を不服としている。
 そして小松氏は、ウリシーの「ンギ・パラン」の昔話と日本に広く見出される「三人兄弟・化物退治」型の昔話が驚くほど類似した形態論的構造を示していることを発見した。
 この三兄弟型の物語に登場する化物は、美しい女に化けた大蛇、鬼、鬼婆、大ムジナ、大きな虻、沼の神など様々であるが、その中でも圧倒的に多いのが鬼婆や美しい女、大蛇などである。私たちも一度は聞いたことがあるように、日本の民俗社会では山に山姥が棲むと考えられていた。この考えが出来た理由とすると、折口信夫の「本来は山の神に仕える巫女のイメージの零落したもの」あるいは、柳田国男が説く「平地民とは異なる生活形態をもった『山の民』の女や発狂して山に入った女、山の民にさらわれてその妻になった女などについての伝承から生じたもの」とする説などが有力なものとされている。
 今現在でもあるように、女性は男性より弱いと思われがちである。それゆえに山に入った男たちは化物の化けた美しいい女に性的欲求をもって接触してしまうのではないだろうか。子のように美しい女がまさか化物だとは誰も思わないだろう。
 そして女性は男性よりも「自然」に近い存在とされてきた。それについて象徴論的女性研究を展開しているおートナーは理由を三つ述べている。
「第一の理由は生理的レベルに属するもので、女性は、出産・月経など男性がもたない生理機能をもつことによって、男性よりも強く生物学的条件に支配されている」「第二の理由は社会的なもので、女性には出産・授乳・幼児の養育といった社会的役割がゆだねられている。これは社会的役割であるが同時にまた生物学的にみても女性の役割であって、それゆえに女性は男性に比べて家庭内の仕事に結び付けられ、公的な場から排除されている」「第三の理由は心理的なものである。女性の心理は、その社会的役割や社会化の過程あるいは月経などの生理的条件などを通じて、男性よりも具体的で主観的・情緒的な傾向が強く、したがって社会制度を維持し展開させていくのに必要な客観的・抽象的能力は男性より劣っている」(P118.13)
これをふまえ、山口昌男は、男性によって排除されつつ依拠される両義的存在としての女性の宇宙論的役割についての徹底的な考察を展開した。彼は、女性は潜在的「異人」の役割を担わされているとし、女性がコントロールできない「自然」を有しているから、男性はそれに対して恐怖を覚え、根源的力に対する恐怖をコントロールするために、その力に近い存在を排除するための機構をつくろうとすることこそが権力の起源であると述べている。これにより、当時の男性の女性に対する恐怖が大きかったということが分かった。

(4)妖怪について
 妖怪とはなにかと聞かれて、すぐに思いつくものはアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」などに登場する妖怪であって、私たちにとって身近なものではないだろう。それに、妖怪と一口にいっても、鬼であったり神的なものであったり、人型のものであったり、架空の生物であったり、小松氏の著書
百鬼夜行絵巻の謎』(単行本は二重括弧にいれる)(P116.6) にもあるように、食器や楽器、動物、植物、魚介類などを擬人化したものも含まれている。
それら多くの妖怪たちがどのような経緯で誕生したのか、その舞台裏や背景など非常に興味深い。大学で勉強するのが楽しみである。

(5)最後に
 初めて民俗学の専門書を読んで内容を全て理解することは難しかったが、誰もが知っている昔話の裏に隠された謎や妖怪の伝説が語られることとなた背景など非常に興味を持つことがたくさんあった。今までは地元熊本の妖怪伝説などにあまり関心が無かったが、河童伝説など数多くの伝説が多く
(二重表現)残されているようなので、それらの伝説を中心にこれから研究していこうと思った。
 そしてそれらの研究をしていくなかで、再び本書を読み、今とは違った視点で見ることができる日が楽しみである。

 
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色彩・ファッションから見る若者の都市

学生たちこんなことしてます! 2012/07/08

M. K
1. はじめに

 私は今回のレポートを書くにあたり、小林忠雄氏の『都市民俗学 ―都市のフォークソサエティー―』という本の中から、第四節「都市の芸術文化」で用いられている色彩環境による分析方法で東京の都市を見ていきたいと思う。

 第四節「都市の芸術文化」では、泉鏡花の小説『照葉狂言』で克明に描かれる今様能狂言の小屋掛の舞台状況から、明治初年の金沢の芝居小屋や見世物小屋の様子を知ることができ、さらに金沢という地方都市の色彩の文化を読み解く事が出来るのではないかと考えられている。
 『照葉狂言』の中では色の表現が「金魚・緋鯉、杏・青梅・李・青楓…(省略)」(p.225)などのように繊細に描写されているという。これらには泉鏡花の作品と切り離せない選択もあるだろうが、それとは別に好みの色、印象深い色とが組み合わさっているとも考えられ、そこから金沢という地域社会のもつ色の民俗性に注目できるではないかと考えられる。泉鏡花の場合は赤・白・銀・紫・黒色が使われることが多いようだが、この色は金沢にとって次のような意味があると説明されている。

 金沢では白色の雪のイメージもさることながら、白山信仰の象徴としての宗教的なシンボリズムが底部に流れ、赤色は仏教的な意味の浄化性を感じさせ、金色は奈良時代の役小角依頼の不老不死の象徴としての金に、あるいは金箔を施した仏像(阿弥陀如来)や仏壇の荘厳さを表徴し、銀色は女性の髪飾りや櫛・笄の装身具に、紫色は加賀室生流能楽の小紫色の象徴性にといったものを原点として、人々に都市的な色彩価値を植えつけていったものとみられる。(p.226)

こうした都市のイメージを高める色彩環境として、特に人々の晴着と歌舞伎の関係が挙げられている。華美豪奢を誇る歌舞伎の世界が、庶民に多大な影響を与え、風俗に流行を生み出していったとされる。


今回のレポートでは、小説の中に表現される都市の色彩イメージを見ていきたいと思う。それを実際の風景に重ね合わせることで、小説から見る都市のイメージが現実とどのような関係にあるのかも見ることが出来ればいいと考えている。
次に歌舞伎からの影響を受け流行を生み出していった、というような大衆と都市の関係を現代の若者のファッションから見ていくことが出来ないか検討してみたい。
全体として、現代の若者たちを通して都市を見ていくことにしたい。


2. 『池袋ウエストゲートパーク』とgoogleの中の池袋

 「都市の芸術文化」では泉鏡花の『照葉狂言』から分析が行なわれていたが、ここでは石田衣良著『池袋ウエストゲートパーク』シリーズの中で描かれる池袋の色彩を見ていきたいと思う。このシリーズはタイトルの通り池袋の西口公園を中心に物語が動いている。登場人物たちは作品ごとに歳を重ねてはいるが、若者層が主になっている。彼らから見た都市とは一体どのような色彩環境にあると考えられているのだろうか。

 まず、作品の中で出てくる色彩の例をいくつか挙げていきたいと思う。
 茶色い残雪、(鳩が)灰色の旗になって、灰色にくすんだ、ごちゃまぜの濁った色、黒々としたアスファルト、淡く白い雲、ぼんやりと青い空、淡いブルー、新緑の木々、深い緑の葉、朱色の木の芽、赤色灯、夕焼けに負けないほどの・色とりどりのネオンサイン、シルバーブルー、白、など様々な色の表現がなされている。
 これらを整理してみると色彩は、白・黒・灰色・シルバーなどのビルや建物・無機物の表現、空の色の表現、緑や朱色などの自然物の表現、赤やネオンサインによる照明の表現として現れている。
 自然物は池袋西口公園や並木道、公開緑地など人工的に作られた自然であることが多かった。またその表現の用い方も、常に継続して自然がある、というよりは断片的にあるものを見つける・眺める、というものが多い。ビルに関しては、「トヨタ・アムラックスのシルバーブルーとサンシャインシティの白にはさまれた」(『灰色のピーターパン』p.11-12)といった具体的な例が挙がることもあり、そうした建造物が都市に住む人々にとって一種のシンボルのようになっているのではないかと考えられる。赤色灯やネオンサインなどの色彩が目立つのは物語の舞台が繁華街を中心としており若年層が主人公であるため、多く登場したのではないだろうか。

 また色彩ではないが、小説内で目立つ街の表現として「ガラスの森」「ネオンの谷間」「コンクリートとガラスの街」というような無機質な街をイメージさせるものが多く見られる。
 では、これらの無機質なビル群と断片的な自然という都市の表現と、実際の写真を見比べるとどのようなことに気がつくのだろうか。googleの画像検索から比較を行なってみたいと思う。今回、googleでの検索には「池袋 風景」のキーワードを用いた。別紙資料①②がその結果の一部になる。
 こうして並んだ写真を見てみるとその色彩は、青、白、灰色、緑、ネオンカラーが目立っていることがわかる。木々や桜が一部見えることや、高層ビルから離れたところの風景を見ると自然物も断片的に存在しているようだ。
つまり写真から見る色彩環境は小説から取り出せる要素とほぼ同じであるといえ、どちらの表現方法をとるにしても都市の表立ったイメージは固まっているといえるのではないだろうか。
 ちなみに検索のキーワードを「東京 風景」と変更してみると、自然物は富士山以外に確認することが出来なくなり、東京タワーや高層ビルなどといったより象徴的な無機物に注目が集まっている様子が見られる。色彩も青、赤、黒、灰色に絞られている。(別紙資料③)

 最後に、人々の想像する都市の色彩と風景にはどのような関係があるのか、2ちゃんねる・OKWave・Yahoo!JAPAN知恵袋で、都市のイメージカラーに関する話題が出ていたので少し取り上げておきたいと思う。
これらの3つの掲示板やトピックの中で挙がった色は、(メタリック)シルバー、赤、緑、青、黒+オレンジ、灰色、水色、黒、黄緑であった。これらは昭文社都市地図の表紙色や、野球のユニフォーム、山手線、東京タワーと雷門、スマートなイメージ、全てを飲み込んでいるイメージなどから来る印象だということだった。(別紙資料④⑤)

 小説、写真、人々のイメージといった色彩から現在の東京の都市を見てみると、建築物や電車などのように多くの人々の目に付きやすいもの、そこに住む人々の印象、娯楽から色彩のイメージが出来ていることがわかった。


3. ファッショナブルな気質と都市の非安住性

 次に都市と大衆・常民の関係を見るため、若者のファッションを見ていきたいと思う。
 『都市民俗学 ―都市のフォークソサエティー―』で、都市の常民性について以下のように書かれている。

 都市に住み生活する人々の常民性とは何かといったこの問い掛けに対して、その場合の常民とは、いわゆる都市に住む人々の中でも一握りの民間伝承保持者といった個人的レベルで捉えられるものではなく、不特定多数の伝承的言動パターンのようなものを想定することができないであろうか。(p.6)

都市の常民論を考えたならば、一つにはマスすなわち大衆の文化、言動パターンを対象としなければならないように思われる。(p.6)

 都市の常民について考える場合には、大衆の文化や言動パターンを見る必要があることについて触れられている。この大衆については、ホセ・オルテガ・イ・ガセー氏の「大衆とは、特別な資質を持っていない人々の総体であり、平均人のことなのである」という規定から、「無名性が強調されると同時に自己判断というか、個人的な思考言動の行為はあまり顕著でなく、マス・メディアの影響を受けやすく、世相流行に従った所謂「軽文化」に生きる人々」(p.7)としている。
 私はここから現代の若者を想定し、先の色彩との関係を考えてそのファッション文化を取り上げたいと思った。

 今回はストリートスナップという、街にいる一般人の服装や着こなしを撮影した写真を都市ごとに見ていこうと考えている。画像は「スタイルアリーナ」という東京のストリートファッションをテーマにした情報サイトから、原宿・渋谷・表参道・代官山の4都市のものを利用する。(別紙資料⑥⑦⑧⑨)

 原宿では特に青色が目立つ傾向にある。今回使用した写真では大体同じトーンの色の服が見られるが、淡い水色から群青色まで様々な青色が見られた。他にグレーやベージュなどのような薄い色合いの組み合わせが多く、その中に青や赤、黒が断片的に取り入れられている。
 渋谷では白・黒を基調とした人と、鮮やかな色、特に赤を基調とした人に分かれている傾向が見える。中でも黒が非常に多くなっており、鮮やかな色を用いる人は少ない。また淡い色が使われている様子もあまり見られなかった。
 表参道では青・茶・白・黒が多いように感じられる。これは原宿の色合いに似ているが、それよりも更に濃い色合いになっているのではないかと思う。
 代官山は、他の3都市とは大きく違っており、非常に多彩な色を見てとることが出来た。一部、原宿や渋谷と似た色彩も見られるが、最も鮮やかな色が用いられているのが代官山の特徴だといえる。

 ファッションに関する分析はその時々の流行や世相からの影響もあると考えられるし、ストリートスナップを撮影する側の意図も含まれているだろうが、4都市の間には少しずつ違いが見られたのではないかと思う。こうした違いはその都市にいる人々が無意識的に作り出したものかも知れないし、撮影する側が都市のイメージに合った人を選んだのかも知れないが、確かにその都市にあったファッション性というものがあるのではないだろうか。

 こうした流行やファッション性は、江戸の「イキ(粋)」や「ダテ(伊達)」に通じるものがあるのではないかと考える。「イキ」「ダテ」という気質は都市以外の場所から見れば批判されたり、素晴らしいものとして扱ってもらえなかったりすることがあるが、都市ではこれが「ファッショナブル」という価値認識をともなったものとして重要視されてきたという。
 ファッショナブルな気質とは、都市の非定住性からくる不安心理の反映としてだけではなく、都市の民俗化現象が集団の流動的な適応的性格に依拠していることから、「常に本質的にカルチャーショックを受けている時代認識の先取りといった価値と、無数に分裂しふくれあがったコミュニティのそれぞれの情報価値とを反映したものとみるのが適切」(p.120-121)なのではないかと考えられる。


4. まとめ

 私が都市について考える際に印象に残った一文が『非正規レジスタンス 池袋ウエストゲートパークⅧ』の中にある。「おれたちの時代は、同じ街のなかに発展段階の異なる別な国がある。」(p.59)という部分である。東京全体を見たとき、都市によって異なる色彩環境を持っており、一見、画一化された都市の中にも様々な違いがあることがわかった。
 このような色彩環境について、小林忠雄氏は次のように述べている。

都市の民俗社会を考えるにおいて、いわば都市のステータスシンボルとしての意味も含まれ、それを享受することが都市への帰属意識を高めることにもなるのであろう。(p.226)

 また小林忠雄氏は文化集団と都市祭の関係の部分では、より一層その参加が見られるようになり、将来において定着するのではないかと考えている。これは本来、非定住民的な不安心理を持っている都市民にとって政治との結びつきは安定性を生み、都市定住の新たな価値体系を見出すことが出来るのではないかというところからきている。

 私は都市と人とが結びつく要因に、この政治と集団のつながりだけではなく、文化と集団のつながりもあるのではないかと考えた。今回このレポートで見てきたような色彩や、都市のイメージ、ファッショナブルな気質というものによって都市と人とが互いに影響を与えあうことがあるのではないだろうか。特に若年層の人々は流行や周囲の色彩環境に溶け込もうとすることで都市とのつながりを表し、都市の常民となる足がかりを作ろうとしているのではないかと考えた。

〈参考文献〉

小林忠雄    『都市民俗学 ―都市のフォークソサエティー―』 名著出版/1990年
石田衣良  『灰色のピーターパン 池袋ウエストゲートパークVI』 文藝春秋/2006年
『Gボーイズ冬戦争 池袋ウエストゲートパークVII』 文藝春秋/2007年
『非正規レジスタンス 池袋ウエストゲートパークVIII』 文藝春秋/2008年
『ドラゴン・ティアーズ 池袋ウエストゲートパークIX』 文藝春秋/2009年

google画像検索
Wikipedia
スタイルアリーナ

2ちゃんねる「【色】都市のイメージカラー【色】」
OKWave「主要都市や地域を「色」で例えるとしたら?【イメージカラー】」
Yahoo! JAPAN知恵袋「全国の都市のイメージカラー」


資料1

 ① google画像検索「池袋 風景」1ページ目
池袋

② google画像検索「池袋 風景」2ページ目
池袋2

資料2

 ③ google画像検索「東京 風景」1ページ目
東京

④ 山手線 (画像引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%89%8B%E7%B7%9A)
 ⑤ 巨人軍イメージカラー (画像引用:http://www.giants.jp/)
山手線

資料3

 ⑥ ストリートスナップ 原宿
原宿

⑦ ストリートスナップ 渋谷
渋谷

資料4

 ⑧ ストリートスナップ 表参道
表参道

⑨ ストリートスナップ 代官山
代官山









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