スポンサーサイト

スポンサー広告 --/--/--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| FC2 Blog Ranking

2008亀岡祭に参加した学生たちの声

亀岡祭 2008/11/12


亀岡祭のお手伝いをさせていただいて、思ったことがある。そんなこと?と思われる方もいるかもしれないが、「近所の仲がいいな」ということ私はずっと思っていた。隣人の家族構成さえ知らない私にとっては、鉾町の方々が協力し合い祭に取り組んでいる姿が眩しく見えた。こういったものが後々まで残っていくことを切に願う。
難波山の人たちに「4年間お手伝い来てくれるよね?」的な事を言われ、4年全部行けるかどうかはわからないけれど、来年も絶対に難波山にお手伝いに行きたいし、難波山の方々と一緒に祭に参加したいので、難波山の方から指名してもらうように頼んできた。
正直最初は「だるいな」と思っていたけど、実際お手伝いしてみて、いままでこんな経験をしたことがなかったので今回参加できてよかったと思いました。


ひまな時はそこらへんを適当に見てましたが、どこを見ても羽衣山の人だけでなく道行く人達のほとんどが楽しそうに話をしていたり挨拶をしていました。近所とのコミュニケーションが少なくなった今の時代でこのような町内で何かをするというのはとても大切なんだなと思いました。
羽衣山の人は本当に気を遣ってくださって私たちが最初、何も出来なかったのをみて、色んな人が話しかけてくれてコミュニケーションを取ってくれたり、毎回お食事を出してもらって良くしてくれました。
大切な鉾に祀っていた米や酒を運ぶ時、ひっくり返ってしまった。私は顔面蒼白になり、謝ったのを覚えている。それから、調子が悪くなり、何もできなくなってしまった。バチが当ったのかもしれない。


最初は何を手伝っていいか分からずあたふたしていましたが、みなさんはほんとに親切で、丁寧に教えていただき、無事に鉾も組み上がりこの日の作業は終了しました。
そして、祭りが終わり他の山の人たちが鉾を片づけている中で浦島山は鉾を片づける建物がほかの所より小さいらしく何故かと質問してみたらただ単に業者の方が寸法の計算を間違えたらしく、浦島山の鉾だけ上の一部分を解体して入れるという作業をしました。この際、神様として上に乗っていた浦島太郎に触れることができていい経験をさせていただきました。


鉾の前に立つ2人の男達の掛け声を合図に鉾を引っ張って動かしましたが予想より重くて、Uターンする時は特に大変でしたが、この体験は大変貴重な滅多に経験できるものではないものとしてうれしかったです。
祭が始まり、綱を引っ張ったが前の日、腰を痛めたので辛かった。最終日は早く終わると聞いていたので痛いのを我慢して必死で頑張った。走り終えてからご飯を食べ、少し休憩したら三輪山をしまう作業が始まった。片付け終えたら、なんだか寂しかった。


なれない事でたいしてお役に立てなかったが亀岡祭を身近で体験でき、たいへん貴重な経験が出来たと思う。
私の班は一番早くに全員が揃い、私はこの二人と同じ班で良かったと思った。
昨日集会所に残っていた奴が二日酔いで倒れていた。二日酔いのやつは、昼までずっと寝ていた。
人が乗る所には和太鼓や鐘があり、特別に叩かせてもらいました。しかし、実際に演奏する時はリズムを合わせて、音を合わせ、一つの音になるようにしなくてはなりません。これが私達がやってみると全然音が合わず、これができる子供達には頭が下がります。


わたしは山鉾の黒の飾り木を拭くことになった。よく見ると飾り木は、指紋などで汚れており、光沢を失っていた状態であった。それを飾り木についた傷に注意しながら、ぐるりと一回り拭いていく羽目になったのは自分であった。確かに下から手を伸ばして、飾り木に手が届くのは自分くらいだったから、適任といえば適任であったし、自分も暇を持て余していたので、まあそれくらいだったらやってやるか、とも思っていたのでそれ快く引き受けたものだった。手が届くといっても、上の飾り木を拭くには爪先立ちしなければならないので、そこそこに疲れる作業ではあったが…
私はこの貴重な体験を忘れることがないと思います.そしてこれからもこのような祭が続いてほしいと思います。


25日、巡行の日に僕は体調を崩してしまい巡行に参加をすることが出来ませんでした。翁山のみなさんや、同じグループのM君には本当に申し訳ない事をしてしまったと思います。
帰り際に半被と帯、手ぬぐいを貸していただく。自宅から遠い私は、友人宅(無論、今日来ていたほうの友人である)に宿泊することになった。


地元の祭では、体験できない事をたくさんさせてもらったと思う。私たちが思っていた亀岡祭よりも幻想的で趣があり、なにより皆活気に満ちていたのがとても新鮮だった。
そして鉾が出発したのだが初日引いたときとは違い、人が少ないから引くのも重く、道が狭く電線等をよけながら行くという事もあって非常に冷や冷やしながら、その緊張感をも楽しみながら巡行できた。
それにしても、祭囃子はいい。遺伝子にプログラムされている日本人の血が歓喜の声をあげる。今ならば、鉾に乗り込む前に僕のことをおっさん呼ばわりしたあの蟻のような少年も許せる気がする。


はっきり言って毎年やっているのに手際が宜しくないなぁと失礼ながら思ってしまいました。提灯のコンセントが外れていたり、配る個数を間違えたりとありましたが、何とか配り終えました。
後日知ったことだが、出店と町はあまり関係なかったそう。他の町の子からの話からすると、私たちの町は放置されすぎだと思った。でもそのおかげでいろんな人と話が出来たのでよかったのかもしれない。ただ、私たちは初めてで全然わからなかったので、もう少しくらいやることを教えてもらいたかった。
この祭は地域だけの祭としては規模も大きく観光名所になれるだけの魅力があると思う。しかし、現段階では地域の祭の枠から少し出ただけで、もっとたくさんの観光客が来るような観光名所として成り立ってないと思う。それには若い人たちがしっかりと祭を受け継ぎ、新たな亀岡祭をつくることで祭は観光として有名になるのではないかと思う。また、祇園祭にはない亀岡独自の魅力をはっきりすることで観光客がもっとたくさん訪れると思う。そして来年もしっかりと大学と地域がかかわることで、今までなかった新たなものができるのではないかと思う。


練習はとても大変だったが笛が吹けるようになれてよかったと思う。女性ではじめてお囃子として鉾に乗れてとても貴重な体験だったと思う。祭に参加することによって地元の人との交流や地域を知ることが出来たと思う。
鉾が道路までひっぱりだされる。この時は巡行中より神経をつかっていると思う。建物や壁にかすらないか、引き手はとても慎重だ。これだけ大そうな組み立てをして大そうな重さの物をひっぱりまわるのだから人手はいつも欲しいだろうなと思う。
片付けも終わり、挨拶をして帰ろうかと思ったら、「来年は即戦力やね」と確定済みでした。
スポンサーサイト
| FC2 Blog Ranking
| HOME |
09 | 2017/10 | 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

OTHERS

TAG


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。