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髪結び猫―亀岡の妖怪事典

妖怪 2008/07/15

髪結び猫

 日本の怪談話のオーソドックスなものの一つとして、化け猫の怪談があげられる。四谷怪談や牡丹灯篭とも肩を並べるほど、人々は猫の背景に怪異を見出してきた。有名な鍋島をはじめ、有馬、岡崎などにも化け猫のかかわったお家騒動の話が残されている。また日本だけではなく、エドガー・アラン・ポーの「黒猫」やH・P・ラヴクラフトの「ウルサルの猫」など海外でも猫は奇怪な生き物として書かれることが多い。特に「黒猫」に登場する猫の名前にはプルートなどというあまり良いイメージを持っているとは言いがたい名前までつけられている。
 もちろん猫の出てくる話が恐ろしいものばかりとは限らないが、その数はほかの動物と比べると多い。現在でこそ猫鍋や猫の駅長などでかわいらしいキャラクターとしての人気を誇っているが、過去に忌み嫌われてきた現実があることも、事実なのである。日本の化け猫怪談もそのうちの一つだった。
 京都府亀岡市にも一つの化け猫の話が残されている。その化け猫の名前は「髪結び猫」という名がつけられていた。その一風変わった名前を持つ化け猫とは、一体どのような妖怪なのだろうか。まずは伝承を紹介したい。
 『口丹波口碑集』という郷土研究資料がある。口丹波に残されている伝説などをまとめたもので、大正一四年に坪井忠彦と垣田五百次によってかかれたものである。この中にその「髪結び猫」の伝説が書かれている。
 その内容は次の通りである。尚、誤字などは直さず、なるべく原文のまま転載することとする。
『(京都府亀岡市の)西別院村字神地の府道の傍、五、六間ほどの下に一つの墓がある。この墓には長く髪を垂らした女に化けた、俗に髪結び猫というのが出るといい伝えれている。去年の春も墓の松の木の二股のところに、現れたのを見たという人もあった。そのときは墓の上に一つの火の玉が見えたと思ったら、すぐその下に十七、八の若い女が、しきりと長い髪を垂らして髪を結うている。例の化け猫であったのだそうだ。』
 この伝承であるが、『口丹波口碑集』以外にも『口丹波風土記』という資料に伝承が記載されている。しかしながら、後者の資料が出たのは『口丹波口碑集』よりもあとのことであり、また内容からいってこの記述を編纂してかかれたものであるということは明らかである。つまり、この化け猫に関しての資料は『口丹波口碑集』より古いものが見つからない限りは、これを一次資料としてみるほかないということになるのである。
 つまりは化け猫が出てきて、ただひたすらに長い髪を結っているということになる。別段祟りをなしたり、人に危害を加えたわけではない。猫が髪を結っている、それだけである。だいいちなぜ猫が髪を結わねばならないのか。それだけではなく、この話には様々なところで首をかしげるような点が見受けられる。

なぜ、猫なのか(犬やタヌキやナメクジじゃなく)。
なぜ、若い女なのか。
なぜ、その場所で髪をゆっているのか。
墓とは誰の(またはどんな)墓のことを指していたのか。
なぜ、火の玉とともにでるのか。

といったところだろうか。
先に書いてしまうが、実はこれとよく似ている話が、亀岡に存在していた。『旅と伝説』という本に書かれている話である。それを次に引用する。
『亀岡町の東南を流れる寺川のほとりに、寺川地蔵と云ふ地蔵尊がお祀りしてあるが、此の地は昔亀山藩の処刑場のあつた処で、今なほ女の髪毛がお地蔵様に供へてあり、又夜其所を通れば火の玉が出るといふので、町の人たちは恐れて其処を通らない』
髪の毛、処刑場と墓場と地蔵、そして火の玉。猫を除けば出てくるものにかなりの共通点が見られる。いや、猫という動物は女性という一つのシンボルの置き換えである可能性が非常に高い。それどころか、猫と死に関しても興味深いつながりが見て取れる。一度に述べてもしかたがない上、混乱してしまうので、一つずつ見ていくことにしよう。
 まずは猫と女性である。
 猫に女性的なイメージを持つ、ということは古くから世界の各地で見られた風習である。エジプトの神バステトは猫の姿をした女神であるし、ノルウェーの神フレイアの乗る車を引っ張るのは猫であったそうだ。♀の頭の丸は猫の目を現しているという話もあるようである。真偽のほどは関係なく、猫の目が♀のマークの元であると思われたということが、女性という性別と猫を結びつけて考えることが多かったことの証明となるのである(詳しくは後述)。マフィアのボスがひざの上で高級な猫を愛でているという、古い漫画や映画などにあるあのイメージの猫も、女性を象徴しているのだろう。中世のヨーロッパでは魔女の使いの一種として猫をあげていた。魔女狩りの時代、人意外の生き物で最も火刑にあっていた動物は猫なのである。また唐などでは猫を航海の守り神として船出に連れて行っていた。航海の守り神の多くは女神である。
 海外だけではなく、日本でも猫は女性的なイメージをもたれていた。まずは『源氏物語』の中の若菜巻である。ここには内親王女三宮に恋をした太政大臣嫡男の柏木が、女三宮の変わりに彼女の飼い猫を手に入れて、育てる話がでてくる。猫に女三宮を重ねているのだ。
 また日本では、化け猫が化けるのはほとんどが女性である、ということは多くの化け猫怪談を見れば一目瞭然だろう(化け猫の記述が初めて現れるのは、藤原定家の『明月紀』であり、そこには天福元年(一二三三年)に少年の姿をした山猫の化け猫が出たというものである。ここでは少年の姿とされているが、何にも例外は存在するものである。化け猫が返信するのは女性が多いのは事実だ)。
なにもこのイメージは古い時代だけではない。江戸時代に入ってから、遊女の俗称として「猫」という言葉が使われ始めた。もっと古くでは「狐」と呼んでいたものが少し変化してきたのである。実は狐と猫について語られる怪談話は非常に似通ったものが多く、狐も女性的なイメージの強い動物なのであるが、今回は本筋と関係がないので省略しよう。ここでは猫を中心に話すこととする。遊女の呼び方として「猫」が使われだしたと書いたが、すべてがそう呼ばれたわけではない。諸説はあるようだが、吉原の遊女、言い換えると幕府公認の遊女のことはこれまでどおり「狐」と呼ばれていた。それに対して、本所回向院前や一つ目弁天前などにいた私娼のことを猫といっていたわけである。さらに人気によって金、銀という風にランク分けされていたのだ。この本所回向院というところは本物の動物の猫を祀ることでも有名であり、猫が死んだ後祀られる場所で一番幸せなところだと考えられていた。猫好きの絵師であった歌川国芳の飼い猫も多く祀られている。海外でも十八世紀のヨーロッパでは娼婦の隠語としてキャットという言葉が使われていたし、アメリカなどではキャットハウスといえば売春宿のことを指している。
 やはり猫に人が見るイメージは、どうも女性的なのだ。

 次に猫と死についての関係を述べていこう。
 猫の伝説で多いものが、死体をさらったり、死体を躍らせたりする話だ。今でも通夜のときには、死者の枕を猫にまたがせてはならないという風習が残っていたりする。また、死体の横の明かりを消すと猫にさらわれるから、絶対に消さないなどの話もそれに類するものだろう。
死体をさらう妖怪に火車というものがいるが、孤の妖怪が老婆や猫の姿で描かれることが多い。死体をさらうという性質から、その姿が連想されたのだろうか。先ほどあげたエジプトの女神バステトも葬儀にかかわる神とされてきた。猫の目があの世を見ることができ、橋渡し役になると考えられていたのだろう。アイヌの伝説では化け物の死体の灰から生まれ出たのが猫だといわれている。猫はとりもなおさず死に近い動物だったようだ。ここで猫の目というものについてもう少し触れておきたい。猫の目は霊界を見ることができると考えられていた。猫の瞳の形が明るさによって変わることは、昔の人にとって不思議であったし、何もない宙をじっと見つめる猫の特質はそこにいる人には見えないなにか(心霊主義的に言えば霊である)と交信しているのだと考えられた。心霊主義の下をたどれば神秘主義に行き着く。神秘主義の象徴の一つに♀のマークが存在した。これは占星術にも使われた記号で、ヴィーナスを示す。この上の丸い部分が猫の目の表現だと少し前に書いた。そのルーと呼ばれる文字は()を横にした形をしており、古代エジプトでは誕生という意味を持っていた。猫は生産の神でもあったわけである。だからこそ、女性でなければならないわけだが、もうひとつこの記号の特性として、霊界とつながっているという意味がこめられるようになった。猫の目が霊界につながっているという認識は、霊界とこの世を結んで新たな命を形成するという理論となり、♀のマークが女神ヴィーナスにつながっていったのだろうと考えられる。
 さて、話を戻そう。火車である。
 火車、読みは「かしゃ」。南方熊楠は紀州日高で河童のことを「火車坊(かしゃんぼ)」と呼ぶ理由を火車からの連想だと述べた。それに対して折口信夫は生き死にには関係なく、人を喰おうとするものを昔は「くゎしゃ」といったと付け加えている。この「くゎしゃ」という言葉は、「猫」と同様に江戸のころ花街で使われていた。やり手の女性や呼び茶屋や遊郭の女性を指していたらしい。漢字では「花車」となる。さらに「花車坊(かしゃぼう)」というと、意味は老婆の役を演じる女形になる。『本朝食鑑』には化け猫の説明として「雄の年老いた猫が化け、よく人を喰らう」とし、『和漢三才図会』では「十年以上生きた牡猫に化けるものがある」としている。「花車」の特徴は化け猫の設定にそのままではないか。東洋大学民俗研究会が発刊した『南部川の民俗』ではカシャンボをゴウラ(毛深い人間)や、山姥(また老婆である)のことだと発表している。
猫から女性、猫から死。それを結ぶ間に「かしゃ」の存在があるようだ。
 最後に話を「髪結び猫」と「寺川地蔵」に戻そう。
 この二つの話の共通点は、「髪」「女性(猫)」「火の玉」「死の場所(処刑場と墓)」である。ここで一つの仮説であるが、もしかしたら神地の化け猫伝承は、寺川地蔵の処刑場の話が流れ着いて変化したものではないだろうかと思うのである。
化け猫は髪を結っていたそうだが、髪を結うという行為はおそらく女性的な行動をさしているのだろう。さらにうがった見方をすると、髪を結うという行動には一度髪をほどいていたという前段階が必要となる。なぜ髪をほどいたのか。洗うためか、もしくは髪の一部を切ったのだと考えるのが普通であろう。化け猫はそこで髪を結っていた。一度髪を解き、そこに髪を供え、結いなおしていたのではないか。いや、化け猫が実際にいるという論調はやめておこう。まず寺川地蔵で行なわれていた髪を供えるという儀式(鎮魂のためだと思われる)の目撃談があった。女性が自分の髪を切り、それを供えた。鎮魂かなにかの意味があったのだろう。その話が伝達していく上で、その女性の部分が化け猫に摩り替わり、神地にたどり着いたとするならば、あの意味のわからない伝承にも多少の解釈を加えることができるのではないだろうか。
 ではどうして神地でそのような出来事が起きたのか、である。神地には白髭神社という場所がある。御乳水という湧き水で有名な神社だ。ここの祭神は弁財天と市杵嶋比売命が祀られている。この二つの神は同一だとされている。弁天という名前は以前にでてきた。猫がいたとされる一つ目弁天、である。幕府公認の吉原遊郭にも信仰の場があった。吉原神社である。そこで祀られていたのが、倉稲魂命と市杵嶋比売命だった。勘違いしないでいただきたいのは、なにも神地に遊郭のような場所があった、というわけではないということだ。ただ、吉原などでも信仰されている神が祀られている。そのような場所に寺川地蔵の話が流れていったときに、若い女性という存在が化け猫にとってかわってしまったのではないかと考えるのだが、この話が一笑に付すものかどうかは読む側に委ねたい。
(調査K.E)

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