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都市伝説と怪談

学生たちこんなことしてます! 2011/03/08

都市文化史の課題で出されたレポート。これに実際の話例のコピーが添付されている。3回生でこのレベルまで行けたら、すばらしい。

【都市伝説と怪談は同じなのか違うのか具体的な事例を提示して答えなさい】
I.U 

 都市伝説と怪談は同じである。何故ならば、話のパターンにおいても、その語り継がれる方法などが類似しているからである。比較するにあたって用いているのは怪談の中でも実話系怪談と分類されるものに限る。

 まず、怪談とはどういうものなのか。心霊現象(「身体から離脱して活動する霊魂が原因とみなす人もいる怪異な現象とその体験」という意味とする)の直接体験を第三者との間で共有することができないので言葉によって伝えるものというのが怪談であり、また「恐怖を感じさせる不思議な話で幽霊・妖怪をはじめとする超自然的な存在や現象と関わる内容のものが多い」とも定義付けられる。しかし、一口に怪談といっても、大きく分類すると実話怪談と文芸系怪談に分けられる。実話系怪談とは、実際にあったこととして語られ、聞き手も実話として受けとめるものであり、事例のような話がそれに分類される。また、怪異の原因として因縁話や体験者の素質(霊媒体質)が挙げられる場合がある。それというのも、実話系怪談はもともと因縁話が多く、本来怪談とは教育として物語られたものであったのが、次第に宗教的儀礼やタブーと結びついていまのような話に発展したともされているからである。しかし、この中でもまた分類がされ、話者自身の体験を語る体験談(この場合は心霊体験談が多い)と伝聞による噂話に分かれる。参考文献として使用した松谷みよ子の『現代民話考』シリーズやジャン・ハロルド・ブルンヴァンの『こんな晩』の怪異譚は伝聞による噂話のほうに分類されるのでないかと思う。これに対して、文芸系怪談とは語り手(書き手)も聞き手(読み手)も、それが創作されたもの(フィクション)であるという前提のもので語ったり聞いたりしているものであるので、作者の創作による怪奇文学と多数の語り手によって伝承されてきた作者不詳の怪奇民話に分けられる。
 次に都市伝説(民俗学においては世間噺とも呼ばれている)についてだが、はっきりとした定義はないが、「都市的な状況を背景として発生する語りの一分類」と辞典ではあるが、今回は「“友達の友達”くらい」の間で伝播する「異様で魅力的な真偽が確認されることのないような噂」とブルンヴァンによって緩やかに規定しているものをここでは定義として使用する。都市伝説は、一般には「口裂け女」や「人面犬」のように現代で起こった事柄として語られ、現代人の風俗を反映した話で、伝奇的要素が濃いものとされているが、必ずしも「都市」という言葉に似つかない場所が舞台であったり語られる場であったりする。
 これらのことをふまえ、類似していると思う事例を怪談としては「耳袋」より引用し、現在の都市伝説とよばれているものと比較してみていきたい。

【事例① 隙間の女】と【事例①’ 房斎新宅怪談の事】
隙間の女房斎新宅怪談の事
主要人物ある男と四人位仲間亭主、召仕の小者
場所ある男の家房斎という菓子屋(二階の戸)
隙間にいた女空間から動かず、外を見ている外へ出てきて自分の存在を知らせる

ここでの共通項は、隙間に女がいるという点である。全体の大まかな話の流れも類似しているが、結末が少し違っている。「隙間の女」では、女は音をたてたりして存在を知らせることもあるが、その空間からは動かずに、ただ外を見ているばかりである。それに対して、「房斎新宅怪談の事」では、女が外の空間に出てくることによって存在を知らせている。

  【事例② 邪魔された自殺】と【事例②’ 死に臨み死なざる運の事】
邪魔された自殺死に臨み死なざる運の事
主要人物知り合いの一人  雲桂
回数3つ(方法)  3回(邪魔された数)
結果死ねなかった死ぬ気も失せて俳諧の宗匠

 この話においても、両主人公は死のうとするが、邪魔が入ってしまい、なかなか死ぬことができない。そして、最後には諦めて生きていくというパターンにおいても同じである。しかし、ここでは「3」という数字がキーワードにもなっているのではないかと思う。「邪魔された自殺」では3つもの方法を使って確実に死のうとしているが、邪魔された回数は一度だけ、それに対して「死に臨み死なざる運の事」では確実な死の方法はとっていないものの、3度邪魔されている。

  【事例③ 処女懐妊】と【事例③’ 怪妊の事】
処女懐妊 怪妊の事
主要人物厳格な家に住む女子高生松平姓の麻布辺の寄合の娘
恋人あり  なし
結末子宮に蛸が入っていた不明

 相手がいない(もしくはそのような行為の覚えがない)のに妊娠したと誤解されるこの話。パターンは同じだが、「怪妊の事」では結末が語られないのに対して、「処女懐妊」(日本での話の文献が探せなかったのでインターネットより引用)では細かな説明が加わっている。そして、この話は処女懐胎という点ではキリスト教の聖母マリアの話を彷彿とさせる。

 【事例④ 夢で教えてくれる】と【事例④’ 感夢歌の事】
夢で教えてくれる感夢歌の事
主要人物大工の役男、師匠の文三小島源之助、子の源蔵
指導者亡き師匠の文三亡き小島源之助
結果立派に仕事を果たす大成する

   この話の場合、主人公の元に父親(もしくはそのような親的存在)が現れるということは同じだが、導いてくれる人の対応が少し違っている。「感夢歌の事」では父親である源之助は「和歌を始めたのなら師を定めなさい」と注意をしている。しかし、「夢で教えてくれる」では師匠の文三が快く教えてくれている。また、「感夢歌の事」の主人公は父親の出現を望んでいないということと「夢で教えてくれる」の主人公は師匠に知恵を貸してくれるように頼み込むという点では主人公においても違いがある。

 【事例⑤ 帰宅】と【事例⑤’ 幽霊恩謝する事】、【事例⑤’’ 亡霊の歌の事】
帰宅亡霊の歌の事幽霊恩謝する事
主要人物A君、Bさん奥州或諸侯、妻召仕の少女、主人の姥
現れた場所 Bさんの枕元奥州或諸侯の枕元隠居の老人の枕元
現れた理由誰も気づいてくれない自身の死体を見つけて葬ってほしいお礼を告げるため

  この話では、訪ねて来られる方はまだ相手が生きていると思っているところにある。夢を見たとして、その人の元に便りを届ける(もしくは連絡がくる)と、相手はもう亡くなっているパターンである。通常の因縁話での怪談だと、このパターンは怨み言などを言ったりするために幽霊となって登場するというものだが、ここではお世話になった人へ感謝を告げるためだけに幽霊となって訪れている。ほかにも、「亡霊の歌の事」や「帰宅」のようにただ見つけてほしくて知らせに来る場合もある。

 【事例⑥ 移しておくれ、移さないでおくれ】と【事例⑥’ 不思議に神像を得し事】
移しておくれ、移さないでおくれ  不思議に神像を得し事
主要人物大工の娘、蛇神 西念寺の住職、右像
告げられた場所北野神社右庵持仏堂
結果小祠を造った仏前へ奉納
                                                 
 「移しておくれ、移さないでおくれ」の話はあちこちに分布している。それでも、パターンとしては、その家に住んでいるもの(もしくは新しい場所に関わっているもの)の夢に現れて元の場所(もしくは違う場所)へ移してほしいと告げるという点では同じであるといえるのではないだろうか。そして、たいがいの話では初めは疑ったりして行動に移さないが、何日か続く(見た日から時間をあけて)と半信半疑ながらも、その願いをかなえるという行動まで類似している。

 【事例⑦ 墓の中での出産】と【事例⑦’ 棺中出生の子の事】
墓の中での出産棺中出生の子の事
主要人物 臨月の女性星野又四郎の妻
死亡した原因    車にはねられて出産時に生まずに死亡
きっかけ棺おけから物音小児の泣き声
生まれた子死亡その後出家して住職となる
                                               
 ここでもパターンは同じであるが、結末が違っている。都市伝説(「墓の中での出産」)では子供は死亡している上に「母親は苦痛に顔をひきつらせ…」と詳しい描写までしているが、怪談(「棺中出生の子の事」)では母親の描写はない。これは、都市伝説のほうがより感情をあらわにしていることがわかる。それによって聞き手にリアルに想像させるのだろう。また、この話は水木しげるの「鬼太郎」シリーズや子育て幽霊なども彷彿とさせる。

 事例をいくつか挙げてみたが、そのほとんどのパターンが類似している。これは昔から怪談とされているものが長い年月のなかで少しずつ変容を遂げて現代に至っているのではないだろうか。ジャン・ハロルド・ブルンヴァンの『THE CHOKING DOBERMAN-ドーベルマンに何があったの? アメリカの「新しい」都市伝説-』のなかでも、「のどをつまらせた犬」という都市伝説に着目して、類似した事例を集め、その中でヴァージョンが一貫していることや話によって変容するいくつかの点においても予測している。また、そこから象徴としての意味を見出し、追っていくことによって古い水準の伝承や中世の伝承にまでたどりついている。これと同じことが「怪談」と「都市伝説」においてもいえるのではないだろうか。その理由としては事例③や事例⑦の話をみてもらえばわかるだろうが、パターンやキーワードなどから彷彿とする話もある。事例⑦に至っては、怪談での類話がでてくるが、事例③から彷彿とされるマリアの処女懐胎は怪談には含まれないのではないか。都市伝説は、元をたどれば、怪談に限らず伝説や海外の伝承なども組み込まれている場合もみられる。それらが組み込まれたのは、「現実味(リアル)を帯びた話」にするために、現代社会における問題としても都合よく使用される手段(一から構成するよりもすでにある程度出来上がっているものを部分的に使用)として語られる人によって付け足されているのではないかと思う。そして付け足されることによってゾッとする話や奇妙な話が出来上がっていく。その話がまた広がり派生していき、メディアの流通によって広範囲で広まっていく。つまり、怪談から都市伝説へと変容しながらも、根本的なものは変わらずに語られているということではないだろうか。

 結論としては、古くから語り継がれてきた怪談に脚色(現代社会における問題など)をつけ、派生していったものが都市伝説と呼ばれているのではないかと考えると、「都市伝説」とは「怪談」中の一部であり、同じものである。しかし、怪談の中での分類でいえば、「都市伝説」は語り手においても、聞き手においても「本当にあった出来事」ということを前提として語り継がれているので、実話系怪談においてのみに分類されるといえる。



【参考文献】
・『THE CHOKING DOBERMAN-ドーベルマンに何があったの? アメリカの「新しい」都市伝説-』 ジャン・ハロルド・ブルンヴァン著 行方均訳 1990.3.1 新宿書房
・『現代民話考Ⅳ』 松谷みよ子 1986.1.20 立風書房
・『怪談の解釈学』 広坂朋信著 2002.8.20 希林館
・『怪談の科学 幻覚の心理を探る』 中村希明著 昭和54.7.20 講談社
・『日本民俗大辞典 上』 福田アジオ、新谷尚紀、湯川洋司、神田より子、中込睦子、
             渡邊欣雄編著 1999.9.1 吉川弘文館
・『日本民俗大辞典 下』 福田アジオ、新谷尚紀、湯川洋司、神田より子、中込睦子、
             渡邊欣雄編著 1999.9.1 吉川弘文
・『耳袋1』 鈴木棠三編注 昭和47.4.28 平凡社
・『耳袋2』 鈴木棠三編注 昭和47.4.28 平凡社
・『新耳袋 現代百物語 第四夜』 福田峰夫発行 平成15.6.20 角川書店
・『悪魔のほくろ ヨーロッパの現代都市伝説』 池田香代子、真田健司訳 1992.12.10 白水社
・『走るおばあさん 日本の現代伝説』 池田香代子、大島広志、高津美保子、常光徹、渡辺節子、藤原一晃編著 1996.11.10 白水社

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