入学前教育読後レポート(5)

学生たちこんなことしてます! 2010/02/13

すぐれた読後レポートを掲載しています。青字は引用、赤字は訂正とコメントです。

『妖怪学新考 妖怪からみる日本人の心』
S.O
『 』は普通単行本を表すので、それ以外の使用例えば『神』『妖怪』というような使い方は不適切。

 妖怪とはどういったモノか。なぜ妖怪は生まれたのか。なぜ科学が発達した現代でもその存在を信じられ、語られていくのか。民俗学を勉強することで人間との関わりを知ること、考えることができる。その『妖怪』を研究する『妖怪学』とは何なのか。それを知りたくて、私は『妖怪学新考 妖怪からみる日本人の心』を手にとり読ませてもらった。
この空白詰めるか小見出しをつけること。
 昔から言葉では説明できないモノや科学的に証明できない事柄が数多く世の中には存在する。その中から「恐怖に結びついた超越的現象・存在―――それが『妖怪』なのである。トル」(P37)。丸はこちらにつけること妖怪は常に人間との関係の中で、人間の想像世界の中で生きている。妖怪を研究するということは、妖怪を生み出した人間を研究するということとなる。人間の想像力は様々な文化を創り出す創造力である。そして、創造力が作り出した膨大な文化の一つが妖怪と称される。その妖怪を研究することが妖怪学である。
 ここも1行あけずに詰めるか、小見出しをつけるか。
 この本の構成は、第一部と第二部に分かれており、それぞれ6章と5章にまとめられている。第一部では、妖怪の成り立ち、時や場所、社会変化による妖怪の変質、妖怪を作り上げた当時の人々の精神状態、そして現実社会、都市で発生した新たな妖怪についての話が書かれている。第二部では、妖怪の相違、霊や憑きものについて、人間の負の感情による妖怪化や人の心がもたらすモノについての話であり、第二部では特に人の感情に巣くう闇、負の感情、時に恨みや妬みといった感情が膨らみ、妖怪や霊、憑きものを発生させている事が書かれている。
 ここも1行空けるのは無意味。詰めるか小見出し。
 この本を読んで最も興味をそそられたのは、妖怪からに、から妖怪になりうる両者の関係性についてである。そのことについて著者はこう述べている。
「超越的説明体系のなかに組み込まれた第一段階の『妖怪』のうち、それが人々に好ましい存在として判断されたとき、その『妖怪』は『神』に転化する。ところが、『神』に転化しえなかった、つまり好ましいと判断されなかった『妖怪』は、個別化されたのちも『妖怪』としてとどまり続けることとなる。」(P191)「『神』として判断されなかった『妖怪』たちのうち、とりわけ悪なる属性を帯びているものが『魔』と呼ぶにふさわしいわけである」(P191)「 」の中では『 』でよい。
 超越的現象・存在である『妖怪』は人々にとって肯定的な存在、良いものとされたとき、その現象・存在は妖怪からへと変わる。逆に人々にとって悪しきもの、良くないものとされたとき、それは妖怪のままで存在することとなり、その妖怪の中でとりわけ、たちの悪い悪しきものであればと呼ばれるモノとなる。しかし、この段階での妖怪は同じカテゴリーに重なり、ほとんどはまとめて妖怪と称される。また、人々に否定的に把握された不思議現象も全て妖怪現象と呼ばれる。たとえるならば、水不足の地に雨が降ればそれはからの恵みの雨となるが、川の氾濫が起きるほどの雨になるとそれは『妖怪』が起こした災いとなる、ということだと解釈できると思う。

神・妖怪・人間の関係概念図(P43)図は説明を入れて引用すること。著作権の関係でweb上では略す。

 ムラからマチへ、マチから都市へ変化していくに連れて、人間の共同体のあり方も変わってきている。それによって妖怪の姿形や出現場所、時間も近代的に変化してゆく。元々はムラやマチは一つの閉鎖空間でそれぞれ独特でありながら、一部似通った姿で妖怪達は存在していた。しかし、都市へ変化していってから、人々の共同性や付き合いが希薄となり、妖怪達の姿や出現場所も時間も大きく変わってきた。
 この行も詰めるか小見出しを入れるか。
 近代の都市妖怪は、その存在を若い女性や子供たちを通して姿を現すようになり、学校などを中心にその存在は生き続いている。特に子供たちは恐がりながらも自ら進んで話を聞き、時には話を変えつつも大きく話を広げ続けている。話を人から人へ広げる存在が、子供や若い女性に多い理由は、子供は不思議な現象に対しての耐性が大人より弱く、大人と違い柔軟な思考で物事をとらえることができる為だと私は考える。また、若い女性の場合、その精神がまだ不安定なものであり、自身の中にある漠然とした不安を『妖怪』などの存在に置き換えやすいからだ(ろう)と思う。「と思う」はくり返しになるので避ける。
  この行詰める。
 「人は人知ではすぐに解き明かせない不思議の出来事に遭遇したとき、そのような出来事を説明するために、超自然的な力や存在を想定してきた。これはどの国でもどの時代でも見いだせることである。とすれば、この『超自然的な力や存在』を研究することは、人間や文化を理解する方法の一つとして適切であると考えられる。」(P305)科学では解明できないような難解な問いに対して妖怪学という枠組みからアプローチした考え方は興味深いと思う。しかし、今回はそれよりも上記の妖怪からに、から妖怪についての関係性の方に大変興味をそそられた。
 この行詰める。
 妖怪からに、から妖怪に変化する両者の関係性と変化しつつも語られ続ける妖怪談。これらについて、私はさらに深く色々な情報を集め、考察し、研究してみたい。

まず最初に対象となった書籍の全体像を概観しつつ、焦点を「神」から「妖怪」への零落の問題に絞っているのは、レポートとして有効なあり方である。しかも「神」が「妖怪」への零落としたのは、柳田の論であるが、あえてその論に疑義を提示しようとする小松の姿勢は、本書の中心的な部分でもある。そこに焦点をしぼったのも、S.Oレポートの評価を高めている。
今後は、「神」と「妖怪」の関係性を、S.O自身の視点で研究していって欲しい。

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